ガラスの棺 第28話


再び黒の騎士団とゼロの騎士団による戦闘が開始された。
激しい爆音が辺りに響き渡り、時折届く流れ弾で戦艦が激しく揺れた。
海に落ちたそれらは大きな波を作り出したが、流石に転覆するほどのものではなく、揺れは酷いがそこまで深刻なものではなかった。

「これは酔いそうね」

青ざめた顔のミレイとリヴァルは重い息を吐いた。椅子に座り水を飲んだことで体の震えは先程よりも収まってきたが、まだ手が震えている。死ぬかと思ったあのときよりはずっとましだけど、バランサーが破損し、海上に着水している船は波の影響をもろに受けるし、傍で聞こえる爆音にはやはり恐怖 を感じる。艦橋が上方にあるため波が届かないのが救いか。ルルーシュの棺は、ジェレミアとカノンが床と壁に金具を取り付けがっちりと固定する作業を行っていた。

「シュナイゼル様、ブリタニア軍が間もなく到着します」
「思ったよりも早かったね」

早いがそれも想定内。
これで三つ巴になる。
この状況を待っていたのだが、フレイヤを撃たれたのは想定外だった。
アヴァロンが落とされなければ、三つ巴になった後の勝率は高かったのだが、落とされた時点で状況は最悪だ。カレンが参戦した事でいくらか可能性が見えてきたが・・・最善策はルルーシュの遺体を明け渡し、出来るだけ有利な条件を引き出し、その後再び取り戻す事だが、彼らはそれに従わないだろう。彼らが、我らが王を再び生贄にするぐらいなら、万分の一の確立にかけることを望む。
ルルーシュが、ゼロがそうしていたように。

「ブリタニア軍が視認出来次第、全騎アヴァロンまで後退せよ」

黒の騎士団とブリタニア軍の共闘も低い確率だが無いわけではない。
だが、彼女たちがトップである限り、互いを敵と認識し潰しあうはずだ。
彼女たちは我が強く、相性は悪い。
愛する男をうがい会う女の醜さも共闘の枷となる。
ゼロを落とすため共闘すべきだと進言しても、自分の考えが正しいのだと盲信し、それに反する意見は聞かない。
なにより、自分の軍が負けるはずがないと思い込んでいる。
この戦に負ける可能性を考えていない。

さてナナリー。
君はどう出る?
その座にいるのがルルーシュならば、迷わず共闘を申し出るだろう。
元ラウンズとカレンを排除するために。
そして勝ちが確定してから・・・裏切ればいい。
だが、きみは。
99%確定した未来。
そのための指示をシュナイゼルは出した。


戦場に、変化が出始めた。
最初は解らない変化だったが、次第にその変化は波紋のように広がって行った。

上空ではブリタニア軍と黒の騎士団が激しい戦闘を繰り広げ、その中心地にある新生アヴァロンの周辺では、棺を手に入れるよう命令された部隊が特攻をかけていた。しかし、ゼロと4人の騎士の前に手も足も出ず、次々と落とされていく。
だが、多勢に無勢。
いくら一騎当千とはいえ、ブリタニア軍と各国から駆けつけた黒の騎士団の増援相手に押されつつあった。

「・・・っああっ、もう、多すぎるのよっ!!」

落としても落としてもきりがない。
カレンの叫びに同意したのはジノ。

『手ごたえが無さ過ぎて、いい加減うんざりしてくる』
「そう言う意味じゃないわよ!!」

馬鹿!!と怒鳴りつけるとジノはええ!?と驚き声をあげ、ジノは戦闘馬鹿とアーニャは冷たく言い放った。
スザクとカレンは日本を取り戻すため。
アーニャは操られて。
ジェレミアは皇族を守るため。
それぞれ力を、地位を手に入れていた。
だがジノは、昔から戦う事が好きで、その結果ラウンズとなっていた。
強い相手がいれば勝負を挑む事はよくあり、嘗てエリア11と呼ばれた日本に来た時も、戦力を推し量るため駐在するブリタニア軍に対し戦いを挑んだ。
そんなジノから見れば、この戦闘は数が多いだけでつまらないものなのだ。

『カレン!前に出過ぎだ!』
「え?」

下らない言い合いに気を取られ、アヴァロンから離れすぎた紅蓮は黒の騎士団のKMFに囲まれていた。

「やばっ!」

いくら腕も機体も彼らに勝っていても、甘く見ていい相手では無い。紅蓮だって無敵では無いのだ。輻射波動を使えばどうにかなるが、この長期戦では後々エナジーが足りなくなる。カレンを援護出来るほど皆に余裕はない。どうにか切り抜けなければと、紅蓮を操作した時、後方で爆音が響いた。

「え?」

落ちていくのは黒の騎士団のKMF。
しかし援護射撃がされた方向に味方はいない。
替わりにいたのは銃を構えた黒の騎士団のKMFだった。
そのKMFは銃口を紅蓮にではなく、味方のはずの騎士団へ向け、飛んでいく。
よく見ると、そんな機体がいくつも飛びまわっているのだ。

「なにこれ!?」

困惑しながらも、これはチャンスとカレンは周りを蹴散らし、アヴァロン周辺まで後退した。そして、そこから戦場を見て愕然とする。

「・・・同志討ち・・・?」

黒の騎士団のKMF同士が争っている。
みれば、ブリタニア内でも同じ現象が起きていた。
まるでルルーシュのギアスに操られ同士討ちをしているような光景に、まさか彼が過去に何かを仕掛けていたのでは?このような状況まで予想していたの?と背筋が凍えたが、ふと、それらの機体の動きに何かを感じた。
・・・あの動き、まさか!?
見覚えのある動きにカレンは慌てて馴染みのある通信チャンネルを開いた。
そして、ああ、やっぱりと笑顔を零す。

『紅月隊長は無事か!?』
『大丈夫だ、無事後退した。我々は左翼に攻撃を仕掛けるぞ!!』
『承知!!』
「やっぱり、あなた達だったのね!」
『『『隊長!!』』』

通信から聞こえる馴染んだ声に、馬鹿ねあんた達とカレンはつぶやいた。
見知った動きなのは当たり前だ。
彼らは私の部下。
彼らの戦い方は私が誰よりも知っている。
零番隊はゼロの親衛隊。
超合衆国の軍隊となる前から所属するメンバーだけで構成されていた。
つまり、初代ゼロの部隊がそのまま残っていたのだ。
彼らもまた超合衆国の黒の騎士団ではなく、ゼロの騎士である事を選んだのだ。

『なるほど、ゼロの騎士は他にもいたようだね。カレン、彼らに回線を』
「了解です」

冷静になって辺りを見回せば、零番隊だけでは無い。
あれは六番隊、あれは十三番隊、あれは・・・。
恐らく初代が生きていた頃から騎士団に所属していた者たちが黒の騎士団、そしてブリタニア軍で反乱をおこしているのだ。
なぜ急に。
そう思いながらも、カレンは空を駆けた。
まさか自分の発言が引き金になっていたことに彼女は気づいていなかった。

『裏切ったのはゼロですか?
逆ですよねカグヤ様。
あの時と同じく、
”黒の騎士団はゼロを裏切ったんです” 』

ゼロを裏切った。
黒の騎士団が、カグヤが、ゼロを。
正義の象徴を裏切った。
だから今、ゼロは敵なのだ。

黒の騎士団のメンバーは、ゼロに賛同した者の集まりといっていい。
ゼロがいてこその黒の騎士団。
それは彼らも同じ気持ちだったのだ。

そのゼロが今、超合集国を離れたのならば、自分たちも着いていく。
こんな無益な争いを進めた者など知らない。
我らはゼロに従う。
その思いから一人が行動を始めると、他の者も決心し行動を起こした。
その結果が今のこの戦場なのだ。

この五年の間に、KMFの色と形は統一されていた。
そのため、黒の騎士団の機体も、ブリタニアの機体も見た目だけで言うなら同じ。混戦により、敵か味方か解りにくくなった戦場では誤射も起こり、それにより味方を敵だと勘違いし至る所で同志討ちまで始まり、収拾がつかなくなってきていた。

『最優先は悪逆皇帝の棺!数で押せばすぐ終わるはずですわ!』

無茶な命令だと誰もが思った。そんな簡単な話ではないし、もし手にしたら最後集中砲火を受けるだろう。アヴァロンがいまだに無事なのは、ゼロと騎士たちが護っているからだ。流れ弾にすら反応し撃ち落としていく紅蓮と蜃気楼の姿には鳥肌が立つ。
ゼロと、カレン相手に勝てるはずがない。
最強の騎士、元ナイト・オブ・ラウンズ相手に勝てるはずがない。
畏怖の念も相まって攻めきれない黒の騎士団とブリタニア軍の同志討ちは、ゼロの騎士たちには好機でしかない。少しでも機体を温存し、双方の戦力が衰えた頃に動くのが最善だった。
シュナイゼルもそう判断しているからこそ、アヴァロンまで引かせたのだ。

だが、あの中で味方が、ゼロの騎士団が戦っている。
カレンはじりじりとした気持ちでそこにいた。
今行っても敵味方の判別は難しいし、何より目立つ紅蓮は標的になる。
それでも、彼らとともに戦いたかった。
ブリタニアが引けばまだ動けるのにと思うが、彼女は引かないだろう。
超合集国とブリタニアではブリタニアの方が当然不利だった。超合集国は補給場所がすぐ傍、日本にあるうえに各国から次々と増援が来る。ブリタニアは補給艦を連れていてもやはり量に限りがある。
一国とその他の国という図式だが、ナナリーは引かない。

『早く黒の騎士団を倒しなさい!お兄様の頃には出来た事ですよ!』

ルルーシュは世界征服まで果たしたのだ。
この戦闘に勝ち、棺を持ち帰るぐらいできるはずだと怒鳴るが、戦略も何もなく、ただ奪えと命じられて実行できるほど戦争は簡単ではないと誰も口にできなかった。
なにせコーネリアは幽閉され、シュナイゼルは逃亡し敵についたのだ。
この女帝にはだれも逆らえない。
軍師の戦略もまどろっこしいと却下するのだから手に負えない。
尊い血筋だから無碍に扱うわけにもいかない。
イライラを募らせたナナリーは、ここまで手間取るのでしたらと、再び悪魔の兵器の使用を命じた。それもリミッターを解除して。それをアヴァロンが範囲に入らないよう打ち込めば、黒の騎士団を一掃できるからと。
リミッターには強力なパスワードがかかっており、それをかけたロイドの研究室のデータは何者かによって破壊されていた。答えを知る三人は敵にまわっている。ナナリーは新生アヴァロンが日本に現れてからパスワードの解析を急がせていた。
これはどこかの都市を滅ぼすために撃つのではなく、海上にいる敵機を撃つために使うのだから、問題はない。これ以上戦闘を長引かせれば死傷者は増えるのだから一瞬で勝敗を決め、被害をその分減らすのだ。
フレイヤはブリタニアの兵器。
戦争のために使用する事は禁止されているが、これは戦争のためではなく、戦争を終わらせるために使うのだ。
平和のために使うのだ。
だが、彼らに降伏する機会を与えるべきだろう。
フレイヤがこちらにある事をもう一度思い知らせれば、超合集国も皇カグヤももう反抗しないだろう。そもそもフレイヤ相手に戦うなど、普通の人間には無理なのだ。
ナナリーは、冷たい笑みを浮かべたあと通信を開いた。

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